担当マネージャーが回想する幻の韓国アイドル五少女の記憶

デビューすらできなかったアイドルグループが6〜7年が経過しても、このように広く知られることがあるだろうか?

五少女という名前が出てくるたびに、このように登場する単語がある。

“伝説”という言葉だ。

デビュー前からあまりにも大きな関心を受けた上、当時のメンバーは、現在、韓国ガールズグループの市場で誰もが”一流”だからである。

アフタースクールのユイ、ワンダーガールズのユビン、シークレットのヒョソン、スピーカーのヤン·ジオンそしてソロで活動中のG.NAも2007年にデビューする予定だった五少女メンバーで練習していた。


五少女はリアリティープログラムを通じてデビュー準備の過程がすべて公開され人気は少​​なくなかった。

メンバーたちのキャラクターもすべて生きていて実力もすごくSESピンクルの後に続く超大型ガールズグループになるという予想も多かった。

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しかし、五少女は、幻のガールズグループとなった。

所属事務所が財政難で危機を迎えて遂にデビュー自体が失敗に終わった。

メンバーはそれぞれ別の事務所でデビューしたり、しばらくの間、歌謡界を去った。

ファントム·ギグス所属事務所WAエンターテイメントのイム・スンチェ理事は当時グッイエムジから五少女のデビューを準備していた人物である。

イム・スンチェ理事は”非常に際立った人材”とし、五少女を回想した。

五少女の出発は、2005年のケーブル放送局で行われたオーディションプログラムであった。

神話メンバーたちが第2の神話を選ぶという企画のもとに作られた’バトル神話’でチョン·ヒョソンが選ばれた。

このオーディションプログラムで選択されたメンバーは、バトルというグループで、2006年にデビューをした。

“バトル神話’出身のチョン·ヒョソンとG.NA(ジーナ)はグッイエムジ練習生の身分となった五少女の最初のメンバーに名を連ねた。

残りのメンバーであるユイやユビン、ジウォンは、その後、個々のオーディションとキャスティングなどを介して選ば​​れた。

イム・スンチェ理事は”約2年間、練習をした。デビューもほぼ確定の段階だったが所属事務所が財政難を経験しいて、デビュー時期が延期された”とし、 “歌手の夢や願望を叶えることがあまりにも大変だったメンバーたちだった。心も非常に純粋で本当に熱心に練習をしてきたし能力も非常に優れていた。今思えば本当に残念な時期だった”と回想した。

所属事務所が困難を経験しながらも五少女メンバーには節目が何回もきた。

一番大変だった部分は、やはり経済的な部分だった。

所属事務所が財政難を経験しながら五少女のサポートも劣悪となりエンターテイメントの練習生として経済的収入がなかったメンバーは時間が長引くたびにアルバイトをしながら練習を続けた。


このような逸話は、1日に放送されたMBC ‘無尽蔵’を通じて公開された。

チョン·ヒョソンは練習以外のアルバイトで倒れたことをコント風に紹介して電波に乗せた。

この日’無尽蔵”に出演した五少女メンバーらは”誰もがアルバイトをしながら練習をした”と回想した。

このような努力にも関わらず、最終的に五少女のデビューは失敗に終わった。

以来、ユビンが2007年9月ワンダーガールズに合流し、第2のアイドル人生を生きるようになった。

ユイとチョン·ヒョソンが次々とアフタースクールとシークレットでデビューをし、G.NAがソロデビューして大ヒットを興した。

最終的にデビューしたヤン·ジウォンもスピーカーとして活動している。

2007年から韓国歌謡界に押し寄せてきたガールズグループ熱風が五少女メンバーの復活を助けた形になった。




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