ロンドン五輪韓国男子サッカーの日韓戦勝利を支えた一人の日本人

ロンドン五輪韓国男子サッカーのコーチを務めていた一人の日本人

 



韓国オリンピックサッカー代表チームの主将ク・チャチョル(23· アウグスブルク)は12日、仁川(インチョン)国際空港で開かれた解団式で池田正剛(52)フィジカルコーチに近づいた。

チャチョルは池田コーチの前で「ありがとうございます」と言って頭を下げた。

韓国サッカーが史上初のメダルを取ることができるように支援した隠れた助力者への感謝の挨拶であった。

池田コーチは、2009年から韓国と縁を結んだ。

ホン·ミョンボ(43)五輪代表監督が三顧の礼で池田コーチを参加させたエピソードは有名だ。

ホン監督は、日本Jリーグで活躍していた当時から池田コーチと縁を結び、池田コーチが韓国代表チームに必ず必要な存在だと思っていた。

ホン監督は池田コーチに韓国代表チームに合流してくれるようお願いするために日本まで三回も訪れた。

池田は「日本人が韓国代表チームで働くことは負担だったがホン監督の本気に心が動いた」と語った。

彼は2009年にユース代表に合流した後、韓国と縁を続けている。

 

↑オリンピックサッカー代表チームホン·ミョンボ監督と抱き合っているのがフィジカルコーチの正剛氏

 

池田コーチは韓国代表チーム選手たちの体力向上や体調維持を担当している。

彼が指示している『恐怖の往復ランニング』は、選手の間で悪名が高い。

選手たちは一回のランニングごとに10秒ほどの休憩時間を置いて20mの距離をさらに速度を上げながら走る。

代表チームは、この訓練を50回も繰り返す体力テストを受けた。

池田コーチの体系的な体力管理は韓国の選手たちが体力戦を基にした圧迫サッカーを広げる原動力となった。

池田コーチは体力管理だけでなく、代表チームが難関にぶつかるたびに、腕まくりをして出た。

兵役問題など紆余曲折の末、代表チームに合流したパク・ジュヨン(27 ㆍ アーセナル)の最大の心配はコンディションだった。

当時所属チームで出場機会をつかむことができなくて空白期間が長く体調を高める必要があったのである。

ホン監督から悩みを聞いて池田コーチは直接、パク・ジュヨンの訓練場所をたずねた。

彼はJ2リーグヴァンフォーレ甲府のジョフク弘監督に電話して甲府の訓練キャンプで訓練を受けられるようにお願いした。

容易ではないお願いだったが、池田コーチの要請は受け入れられた。

池田コーチはパク・ジュヨンと一緒に代表チーム召集前まで、彼の個人的な訓練を担当した。

ク・チャチョルもオリンピック前に個人的な訓練のために池田コーチをたずねただけに、彼に対する韓国の選手たちの信頼は厚い。

運命のいたずらのように3、4位決定戦が韓国と日本の景気が決定された後も、池田コーチは揺れなかった。

日本のネットユーザーたちは彼を意識して「韓日戦で日本が負けたら池田が責任を負わなければならない」「韓国に帰化して二度と日本に帰ってこないでほしい」などの非難を吐き出しした。

池田コーチは相手が日本だということを意識せずにいつものように選手たちを督励した。

特に、日本の関塚隆監督とは早稲田大学先輩·後輩という事実が知られて関心を集めた後にはわざわざ日本代表チームとは目もあわせなかった。

不必要な注目を受けることになるからだ

韓国が日本に2-0で大勝を収めると池田コーチはホン·ミョンボ監督と抱き合って喜んだ。

池田コーチはマスコミとのインタビューで、 「ホン·ミョンボ監督の最後の試合が日韓戦だなんてこれは運命だと思った」と話した。

彼は「これは韓国と契約する時から覚悟していた部分であり、私がすべきことは全力を尽くして韓国を助けることです。だから気にしなかった」と語った。

彼は「選手たちの首にメダルをかけることができたという点で指導者としてのやりがいを感じる」とホン·ミョンボ監督と一緒に導いた3年の時を終えた。




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